2022年6月11日

11/06/22 くもり空

馬の背から高御位山に上がりました。

鷹ノ巣山東峰より馬の背コース、馬の背分岐と地徳山、百間岩

パタゴニア

先週に続き、今日も朝から曇り空。

そんなお天気も何とかお昼までは持ちそうな雰囲気なので、いつもより早めに家を出て鹿嶋神社駐車場へ。

さすがにこの天気ではハイカーのものと思しき車はかなり少なく、見覚えのある車もなし。

歩き出すと風を感じることなく蒸し暑い。

馬の背の脊梁まで達した際、わずかに感じた風もその後は暑いばかりで、あの風はどこへ行ってしまったか、的で、これはいかにも四季を通じて風の通り道・馬の背ならでは。

ネジキ

シン・カエル岩

高御位山

カエル岩

見える空は水蒸気たっぷりでどんより重く、見通しも悪い。

山頂はそこそこの数のハイカーも、時間(年数)の経過とともに顔ぶれが、最近は特にずいぶんと変わった気がする。

山頂より東望

代わっただけならまだしも、訳の分からんことをする輩も現れた。

否応にも誰もが目にせざるを得ない、山頂露岩西の様子の変貌ぶり。

成井や長尾をはじめとする地元の人は今春からの山頂の様子を、どのように見、どう感じているか分からないが、口をはさむ余地のない自身のような他所の者としても、あの雰囲気はどう見てもあり得ない。

以前にも書いた通り、あんなことは自分自身が管理する場所で行えばいいことであって、公共の場ですることはあってはならない。

悲しいかな、木の枝から下げたブランコに揺られているそこそこの年の女性を見た。

傍らには連れと思われる、同じくそう年の行かない男性もいた。

彼女は何を思ってそれに揺られ、さらにはそれを見ていた彼は何を感じて微笑んでいたか。

同じ部類の人間か。

さすがに、それはないし、愉しそうに揺られること自体が問題なんだ。

「こんなところで、訳の分からんそんなもんに乗って、愉しいか?」

「もし枝が折れてケガでもしたら、どうするねん。」

もしそうなっても何処も言って行くところはない。
(現実は裁判にでも訴えるだろうが・・・)

「違うねん。」

「そんなモンに乗らんでも目の前に広がる見事な風景を二人で見たら、何かもっと違うもんが見えるやろ。」

理解できない行動をする人もいるものだと感心させられた。

彼らが行っていること、すなわち、他者も同じく肯定しているものに違いない、と大きな勘違いをしていることに気付いていない。

自分の家の敷地か、あるいは他所の所有地に大きな樹を育てたうえ、そこに永久的なブランコを造って、老後の揺りかご的に座ってみればいいんじゃね。

意外と乗り心地は悪いかもよ。



ところで、この後の始末は誰がするのよ?

死ぬまでに何とかしろよ!

構図は、さながらロシアのウクライナ侵攻と同じか?

山頂直下のササユリ

小高御位山付近の八重のササユリのことを誰かにたずねようかと思ったが、二の足を踏んでいるうち辺りは誰もいなくなった。

ここまでにササユリを見ることはなかったので、すっかり終わったかと思いきや階段を成井方面へわずかに下ると立派な株があった。

天気のこともあるので、これ以上下ることはせず、今年はこれで見納め。

オカトラノオ

巻き道で見かけた白くて小さな花
イシモチソウ

時間は早いので、帰路は最近しばしば腰を下ろすポイントに立ち寄るため、少し寄り道して巻き道から長尾西尾根を回って、再度、稜線に上がるることにした。

と、ここで思わぬ発見。

先週もネジバナを見ようと稜線からこのルートを少し下っていた。

ココと思った場所でみつけた新芽の数本の株を目に、あえなく終わってしまったとばかり思っていたそのネジバナを、一週間たった今日、見つけた。

見誤っていたネジバナ

株の場所を錯誤していたようで、実際はもう少し下方にかろうじて名残りの花を残したネジバナを見ることができた。

少し上部のそのポイントで、しばらく腰を下ろしてみたものの眺望悪く早々に腰を上げる。

ハローキティー号は初めての場所で見た。

走り抜けるハローキティー新幹線と百間岩

百間岩越しに別所地区を走り抜ける姿は、地徳山~百間岩のU字体の大きな鞍部が手前の対照地となってか、何時になく大きく見えた。

空模様はもうしばらく大丈夫そうなので百間岩廻りで下る。

クマノミズキ

ふと見上げると大きなササユリ
山頂から西では目にした唯一の株

振り返り見る鷹ノ巣山、馬の背の尾根と、その先に高御位山

鹿嶋神社

鹿嶋神社境内に泳ぐ多くの鯉のぼりも少々バテ気味にみえた。

この上さらに気温が上がり湿度が増すと、これはもう拷問だな。

高御位山, 山歩き、登山, 山野草、ガーデニング,

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