
悪沢岳より
「一生行くことはないだろう。」
若い時から、離れたところの、それも山の上から見るばかりの遠い存在だった富士山。
そんな富士山に初めて登り、身をもって感じたことを箇条書きしてみよう。
・何といっても人が多い。わんさかいる。
登山ルート上はもちろん、山頂部(お鉢)も。昼夜は問わず。
特に神社境内に剣ヶ峰。
ある程度は想定していたつもりだが想像以上。
・山開き後だったこともあり、昼夜を問わず一日中登山している人がいることへの驚き。
山頂への登山路が何本かあってあの状態だから、これ以上人が押し寄せるとどうなることやら。
(自身は富士宮口からだったが吉田口方面からだと、これよりもさらに多いらしい)
・一方で、ごみが見当たらなかったのは別の意味で驚き。
美しい国・ニッポン、素晴らしい。
赤石岳より
・下山後、少しながら時間が経った今、登った感はあっても、思いのほか達成感が感じられない不思議さ。
日本で一番高い山だけど・・・。
おそらくこれは、あまりの人の多さにレア感を感じられなないというか、だれでも登ってるというか。
「牛に引かれて善光寺参り」の如く、知り合いから登ろうって誘われたので私も、って人が一度来れば良いことがあるかもしれない、を込めて登るのか。
はたまた、一度は登っておかないといけない感に駆られるのか。
いずれにしても、大きな意味で団体登山をしてきた感、満載。
これだから何度も行ってしまうのかもしれず、実際、危険度は低く、登山経験がなくても高山病に注意のうえ時間をかければ登れてしまう。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」か。
短時間で往復できるので、登山自体の疲労感も意外と少ないのも、その要因。
西農鳥岳より
・そういえば『世界文化遺産・富士山』って標識、あったかな~。
これは、自然遺産で登録を目指すも、富士山は自然でありながら結果的に文化遺産でしか登録できなかったことへの変なこだわり?
あるいは、この先、自然遺産で重登録を目指すプロセス?
わが地元の姫路城なんかは『世界文化遺産・姫路城』って標識があちこちにあるんぢゃないかな~。
(間違ってたらごめんなさい)
ま~、あれだけの人が来れば今以上アナアウンスする必要もないし、オーバーユースに拍車をかけるだけか。
深夜の富士宮口ルート ・山小屋がダメ。
世界遺産登録で規制が厳しくなれば今後も改善の余地なし。
人の多さにあぐらをかいているとまでは言わないが、悪く言えば休憩所の延長。
収支面では文句の言いようがないだろうけど業務形態が期間限定の24時間営業を考えると経営自体は、そう安穏としたものではないんだろうな。
働いてる人も大変だろうが、客をもう少し丁寧に扱ってほしい。
一度しか行かない人だっていっぱいいる。休憩所といえど接客業。
・高所に来ると簡易のものであっても酸素ボンベが有用。
吸ったらその時だけでもずいぶん呼吸が楽になるようなことを話してる人がいた。
北アでこんなことやってる人、見たことあるかな~。そもそも、売ってないか。
北穂高岳より遠望
・つくづく東日本の人たち(もちろん日本中からこの場を訪れてはいるでしょうが、おそらくは絶対的な数は東日本の人が多そうなので、こう表現します)は物事を待つのが苦にならないんだね~。
剣ヶ峰の記念写真ひとつとっても、3,700メートル超の高所でも、あの調子で整然と列を作っている。
この中の多くは初富士山の人のような気もした(自身もそのうちの一人)が、要はミーハー的な人が多いだけか。
いや、人の多いことに慣れているのか。
最高地点標柱で記念撮影
確かにみんなうれしそうな顔して撮ってもらってたね
最後に、
・大きさは人一倍ならぬ山数倍。背負っているものは、けた違い。
ひとつの山でこれだけ多くの人や地域、産業と関係を持つ山は他になく、もしこれが噴火(それらしきことも含め)でもしようものなら、関係地域、住民、関連団体への影響は計り知れない。
自治体としての静岡県や山梨県は財政破綻するかも。
と考えると、恩恵を受けている(と考える)人が感謝の念をもって登山してる?
もしかして、これって現代における信仰登山?!
富士山は神か?
上河内岳より
容姿端麗、どこから眺めても素晴らしい富士山はその懐に分け入ってみても偉大な山に違いなさそうだが、さて、次に行く機会はあるかどうか。
一度行ったから、これまで通り見る山に徹して、これでイイにするか・・・。
以上、すべて私の主観です。

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