2009年6月28日

28/06/09 FXフォーマットの威力

昨晩は家族で劔岳・点の記を観てきた。

点の記を観るのは、自身は二度目、ほかの二人は初めてだった。

二人は原作は読んでなく、剱岳自体も目にしたことはないので、この作品で映し出される剱岳や立山周辺の山々がどう映るのか興味があった。

さすがに登場する山々の位置関係がよく理解できないらしく、具体的な状況までは理解できなかったようだが、内容や映像の素晴らしさに満足したようだ。

ストーリーに難しい部分はないので見やすかった半面、やや内容に奥深さを感じ取れなかったようなことを口にしていたようだが、それでも次々にめくるように現れる山の様子に、
「山の写真集を見ているような感覚だった。」
は、(ひ)の弁。

二度目のこちらは、ストーリーよりも映像重視で観てみた。
長い時間をかけロケを行った苦労が見え隠れする素晴らしい映像は、一度目よりもさらに目を見張るものがあった。

パタゴニア

で、今日はいつもの高御位山。

ルートは断食道場近くの高御位山神社から長尾からのルート中間付近の鉄塔に上がり、あとはいつもの通りで山頂から右周りで北山への尾根を下り新池駐車場へ。

山はいつもと変わり映えしないけれど、携行アイテムが違った。

それは先日手に入れたNIKON・D700。FXフォーマットのデジタル・一眼レフだ。

これまでのDXフォーマットの一眼レフでは同じレンズでも焦点距離が1.5倍になってしまい、せっかくの広角レンズもその威力を発揮できず、なんだかモヤモヤしていた。

ただ単にデジタル用の広角レンズを調達していなかったと云えばそれまでだが、そこは昔からのニコンユーザーの特権?で、いまだに古いレンズを使えてしまうから、大事そうに今もそれらを使っていた結果こうなってしまっていた。

それが、これを手にしたことで本来の画角で、それも以前のフィルムではなくデジタルで写真を撮ることができるようになった。

開放値付近での超高速シャッターで得ることのできるボケや、少々暗い場面でもごく普通に可能となったISO感度によるシャッタースピードはボディー自体の能力からくるものだ。

ここにきて、ようやくモヤモヤ感からは解放されさらに高いポテンシャルは手に入れたが、そのあとをどう続けるかが問題だ・・・。

(ちなみに、下記画像の3枚目と4枚目が同じ方面を別のカメラで、それぞれFXフォーマットとDXフォーマットで撮ったもの)
長尾の田んぼの畦(あぜ)に野アザミが咲いていた F3.2 1/1250sec
高御位山神社と山頂部
山頂の様子
09.04.19 DXフォーマットによる画角
山頂部と飛翔の記念碑 F2.8 1/5000sec
東の尾根筋より西を見る
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2009年6月20日

20/06/09 北山~高御位山~鹿島神社

パタゴニア


新池駐車場を基点に北山への尾根から稜線に上がったあと高御位山頂へ向かい、山頂からは稜線を西進し百間岩経由して鹿島神社へ下りました。

体調があまり良くなかったのか、あるいは気候のせいなのか、今日のここの稜線歩きはこれまででも五指に入るほどシビアなものでした。

木陰で憩う
姫路市別所町と臨海部を望む











午後からは今日封切りとなった劔岳・点の記を早速、観てきました。

原作とは違う描写のシーンも多々あったように感じましたが、ストーリーや映像の美しさは満足できるものでした。

なかでも、いよいよ登頂する場面で、あの素晴らしい長次郎谷がスクリーン一面に映し出された際には万感の思いが込みあげてきましたね。

そのときの記録はこちら
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2009年6月14日

14/06/09 長尾西尾根から高御位山

長尾集落の西に位置する尾根を経由して高御位山に上がりました。

山頂で昼ご飯を食べたら、いつもの正面のルートで長尾へと下ります。

ほぼ中間の鉄塔下からは高御位神社へのルートを採ってみました。

分岐後しばらくは、すごい急坂なので細心の注意が必要です。
もちろんこのような状況が長く続くはずはありませんので、東の稜線へと続くルートに合って右折すればやがて神社の境内に到着です。

短いながら、このルートは上りで利用したほうが賢明なルートといえそうです。

尾根上の岩場に出れば展望が得られる
眼下には代かきを終えた水田が広がる
長尾集落の水田に姿を映す高御位山
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2009年6月7日

07/06/09 三室山

パタゴニア

熊岩のツツジ
熊岩付近のサラサドウダン
山麓の新緑











他の三室山の記録は こちら
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2009年5月31日

31/05/09 小高御位山~高御位山 with (ひ)

パタゴニア

けもの道のササユリ














朝からの農区の溝掃除が思わぬ早い時間に終わったので、そこで貰ったお弁当をつかいに(ひ)を誘って高御位山に行って来た。

ルートは無難な成井からとして駐車場に着いたものの、階段の歩行ではあまりに芸がないので、小高御位山経由で山頂に上がることにした。

小高御位山に上がり稜線分岐に向けて歩いていると、ちょうどこの時期の高御位山を代表する花となりつつあるササユリが一輪咲いていた。

この花は花弁が二重になっている珍しいもので、今日これ以降に見た何輪かのササユリにも同様のものは見かけることはなかった。

こんなことなら写真に撮っておけばよかったと思ったのは、すでにけもの道を下っているときだった。

小高御位山へ向け登る
登山路の岩場には白い野バラが時おり咲いていた
やがて成井からの登山路と合流する
朝の土産のお弁当
飛翔の塔と稲美野
バイタリティー溢れるおばさん三人組
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2009年5月23日

23/05/09 高御位・点の記

高御位・三等三角点今から百年以上も前、当時は未踏とされた剱岳の測量を手がけた様子を記した剱岳・点の記を最近、何十年かぶりに読み返してみると、これまでほとんど見向きもしなかった三角点に少なからず興味がわいてきた。

調べてみると高御位山にも山頂付近に三角点があるので、今日はそれを見ることを第一の目的として山頂に向かった。

具体的な場所はなぜか、あまり見晴らしの良くない社殿の裏側。

これまで何度もそのそばは歩いているので目にしたことはあたものの、マジマジと見るのは今度が初めてだった。

高御位・三等三角点の記設定場所としては見晴らしのいい露岩の上がベストだろうが、そこに設定することは不可能なので、ちょっと気の毒な場所とも思える社殿の片隅に備えられたのだろうか。

いずれにしても、この小さな石柱にも設定までには色々な経緯(いきさつ)があるに違いない。

すぐそこに位置する露岩の上にあがれば、いつものように大展望が広がっていた。
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2009年5月16日

16/05/09 高御位山再訪

長尾から山頂に上がり小高御位山経由で成井へ下りたあと、再度山頂に上がり長尾へと下りました。

長尾からいつものコースで山に入って行くと間もなくウグイスのさえずりが聞こえてきた。

先に剱岳の際、剱沢の長次郎出合でもウグイスが鳴いていたことを思い出した。
同行のSさんと
「こんなところにもウグイスがいるんだね。」

このとき、半信半疑に聞いたこの鳴き声は、耳をこらせて聞くこともなく紛れもなくウグイスのものだった。

どんな経緯であのウグイスが標高2,000メートルを超えるあの場所にいたのかはよく分からない。しかし、今聞こえてきた鳴き声はあのときと同じ。

ここ、高御位山のウグイスははたして井の中の蛙(かわず)なのか、そうでないのか。

彼らに「そこに行ってみれば」と云う術はないし、また云ってみたところで伝わるはずもないし・・・。

人はあらゆるところに足を運べ、そこで見聞したことにそれぞれの感情をもって正対できる動物なのだ。

そして、それを持って進化していけるのが人であることを、つくづく知らされるのである。

小高御位山から見る高御位山







山頂の親子連れ
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2009年5月6日

04~05/05/09 一期一会・剱御前小舎にて

パタゴニア

剱御前小屋主人、佐伯さん(右)と坂本さん
出会いの地、剱岳を眼前に望む剱御前小屋を訪れたのは前日、御山谷を黒部側へと滑り、一ノ越に宿泊したのち立山、別山と縦走し今日の宿泊地として訪ねたものだった。

山小屋の造りはどこも同じようなもので、入口を開けなかに入るとまず広めの土間があり、その傍らには登山靴を脱ぐことなく対応できるような位置にフロントともいえる小さな窓口があるから、いの一番に小屋番さんと顔を会わすことになる。

その窓口の向こうに座る、この小屋の受付をされている人の顔を見た瞬間
「どこかで会ったことがあるんじゃないかな?」
と感じた。

宿泊者らしき人との応対の口調が聞こえてくると、益々その思いは大きくなって行く。

あの風貌と物腰の低いしゃべり口調。これはあの時の人に違いない。

ダメ元で自身のモヤモヤを晴らすため勇気を出して聴いてみた。
「以前、薬師沢小屋に居られませんでしたか?」
と。

すると、そのとおりで薬師沢小屋には三年ほど前までいて、今はここでお世話になっているとのことだった。

薬師沢小屋時代の坂本さんと(あ)人間の記憶力は大したものである。
と同時に一瞬のうちにその時の記憶が脳裏に蘇えるから不思議としかいいようがない。

もちろんこの時点ではこちらのことはどこの誰だか理解できておられないと思ったので、
「子供と一緒にお世話になり、一緒に写真を撮らせてもらったりもしたのですが・・・。」
などと、いかにも他の人とはちょっと違う特徴的なことを話してみると、薬師沢では宿泊者がそう多くなかったことや、この人の出身地とこちらの住所が近かったことから話が弾み、夕食後に長らく三人で話をさせてもらっていたからか、間もなくこちらのことを思い出してくださった。

それにしても、こんなところでこんな人と再会するとは夢にも思わないことが現実に起こったから、びっくりするやら嬉しいやらで驚きは隠せない。

以前はいた(あ)が今日はいなかったものの、この日の約4年ぶりの出会いは自身にとってはとても感慨深い出会いとなった。

翌日、小屋を発つ際
「今度、ここを訪れるときは、ぜひ(あ)と一緒に来たいですね。」

「帰られたら息子さんによろしくお伝えください。」

最後まで温和な人物像は以前の印象と何も変わりなく、
「ぜひ再訪を
との念を強く持ちつつ別山乗越をあとに雷鳥沢を雷鳥平へと滑り降りた。



ツアーの記録はこちら

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2009年4月19日

19/04/09 夏のような高御位山


パタゴニア


新池駐車場から反時計まわりで北山~高御位山~長尾。

そこそこ風があって快適といえば快適だったが、まだ4月であることを考えればとんでもなく暑かった。

ふもとの用水路の土手にタンポポが咲いていた
山頂の岩場のコデマリ
とある岩場の片隅に、こんなものが祀ってあった
ワンちゃん











昨日の朝日新聞・地域版に、下記の記事が出ていました。

それが関係しているのかどうか、これまで小さな祠のある最も高いピークにあった立派な表示板が、今日は見当たりませんでした。

ちなみに、その板に記されていた標高は304mでした。

朝日新聞











『山のアルバム』 は こちら
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2009年4月13日

12/04/09 雨の大桜

岩井畝の大桜
岩井畝の大桜に逢うため雨中となってしまった中国道を走らせた。

中国勝山を過ぎると、院庄辺りから降り出した雨はさらにひどくなり山中に入ってもやむ気配はない。

主要路をそれ、さらにか細くなった急な山道をしばらく走ると、それは目の前に不意に現われる。

小さな社殿とともに佇む姿は、花びらが小さなこともあってか特筆するほどの大きな桜の樹とは感じなかったが、すぐ目の前にある何軒かの住まいの守り神として存在してきた意義は、きっと大きなものに違いないと感じられた樹だった。

村の鎮守の大桜















このあと向かう予定だった『醍醐桜』 は こちら

2010年4月10日『岩井畝の桜』 と『夜の醍醐桜』は こちら


大きな地図で見る
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2009年4月10日

10/04/09 世界遺産・国宝姫路城

姫路城











姫路城のある姫山公園のソメイヨシノは今が満開です。
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2009年4月9日

09/04/09 満開の桜と

近くの河畔で満開の桜をバックにCLUBMANをパシャ

どこで撮っても絵になるね~
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2009年4月5日

05/04/09 高御位山


パタゴニア


長尾から高御位山、市ノ池公園。

ツツジと高御位山











午後から高御位山に上がりました。

山頂からの風景は春霞のせいかよくありませんでしたが、山麓の公園で繰り広げられる花見の光景もこれと同様、いかにも日本の春らしい、なんだかよく分からないぼんやりとした風景でした。

山頂より東望
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2009年3月29日

29/03/09 東大山・振子沢


パタゴニア

伯耆大山・天狗ヶ峰、剣ヶ峰と北壁奥大山から鳥越峠、駒鳥小屋、振子沢経由振子沢源頭往復。

往路での鳥越峠への登りや、振子沢の全容を見るようになってからでも源頭までの登高は意外と長い。

そればかりか振子沢は大山の東に位置するため稜線に出るまで北壁側の展望は開けない・・・。

源頭まで登り詰め北壁側の光景を目の当たりすると
「これが標高2,000メートルに満たない山か?」
と思わせる、決して人を寄せ付けず、ただ荒々しさを鼓舞するかのような見事な景観に、つらかった登高の苦労も一気に吹っ飛んだ。

キリン峠へと通ずる尾根上より槍尾根方面を見上げる 地獄谷、振子沢出合より見る槍ヶ峰(左)、天狗ヶ峰(右)方面 振子沢全容と象ヶ鼻(右のピーク) 振子山をバックに振子沢を登高するAさん、Sさん 稜線上のAさん 三鈷峰と象ヶ鼻 稜線上の人影は野人さん、いけしゅんさん 振子沢、振子山を俯瞰 剣谷源頭部を果敢に攻める野人さん 左上の三角錐は三鈷峰 振子沢滑降 photo by ささやんさん 稜線上の雪稜と奥左に別山











昨今、中国地方においてこの人の名を知らない人はいないのではなかろうかと思わせるほど、山スキー界において彼の名は広く知れ渡っている。

その第一人者の彼に彼のホーム・ゲレンデともいえる伯耆大山の、それも他に人のいない振子沢源頭稜線で、ようやく会うことができた。

こんな言い方になるのはネット上では以前から知る存在であり、これまでに何度か会う機会があったにもかかわらず、その機会を逸してきたからだ。

我々三人が奥大山から振子沢を喘ぎ喘ぎ源頭まで登り詰めようやくひと段落したころ、ユートピア方面から稜線上を上がってきた人がこちらに向かい大きな声を挙げるのが聴こえてきた。

このときは誰に向かってか、何を叫んでいるのかもよく分からず、適当に大声を張りあげて返事をしていたのだが、しばらく経ってさらに近づいた位置から再度、声をあげたときには、はっきりとこちらの名前を呼ぶ声が確認できた。

こちらもその声に呼応するように彼と思われる名前を叫んでみると、彼はまさにその人。

この後、お互いが稜線上を歩み寄り、かねてから一度は会いたいと思っていた彼に、最良のロケーションともいえる大山の稜線上で会うことができたのだった。

今日、これまでにすでに元谷上部を滑って来たという彼ら二人は、ターゲットとしていた剣谷をこのあと颯爽と滑り降りて行った。

ようやく野人さんと対面 photo by ささやんさん

彼のweb上でのこの日のファイルはこちら







奥大山スキー場、発 7:25
振子沢源頭、着 12:20 同、発 14:00
奥大山スキー場、着 16:25

『山のアルバム』 indexは こちら

movie by ささやんさん 2010.03.22


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