長尾西尾根から高御位山往復しました。
高御位山山頂
先週末は天気の都合で、珍しくどこにも行けないまま過ぎてしまった。
それもあって、高御位山は約一か月ぶり。
二週前には北アルプスの一角、焼岳に行ったから今日は中央の山に行って以来、初めての高御位山。
その時のような暑さは、もちろんなく、快適とまでは言わないまでも、比べ物にならないほど歩きやすい。
西尾根のコブに咲くキキョウ
ハギとオミナエシ
高曇りで青空は見えないものの、眺望もそこそこ良く、見える景色はほぼ高御位山、そのもの。
そんな中、何時ものタイミングで、今日のハイクをどのように感じたかというと、これが微妙な感覚。
山頂で見下ろすいつもの風景
確かにコストは決して大きくはなく、見える景色も悪くない。
しかし、以前ほどの感覚ではない。
先日、行ったのはあくまで焼岳だ。
それなのに、なんだこれは。
雲ノ平に行っても、平乃渡し舟に乗っても、遠くや至近から槍の穂先を眺めても、その度、直後のハイクではここほどコスパ、タイパに優れた山はないと感じていた自分は何処に行ってしまったのか。
歩くのにもずいぶん疲れてきているはずで、長い距離を歩けばそれなりに色んなものを使っているはずなのに。
高御位山から見える景色は、なんら変わらないし、いくら暑くてもかかるコストも、さほど大きくない。
となると、これは色んな光景を目の当たりすることで自分の目線が下がってきたからか。
コスト(=労力、時間)をかけることに対する敷居が低くなって、そこで見る光景との差が広がり、以前に比べより素晴らしいものとして記憶されているのかもしれない。
加古川市街地、明石海峡大橋と淡路島
今日の車両も白色だった
高御位山でみる風景は、いつも素晴らしい。
しかし、コストをかけて見てきた光景は、以前にも増してさらに素晴らしいことに気付かされているのかもしれない。
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