たつの市北部、旧たつの市と旧新宮町を分ける、その名の通りの新龍アルプスをたつの市揖西(いっさい)町中垣内、教育キャンプ場をスタート地点に、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと山上の池めぐりも交え、北端の祇園嶽からたつの市街地を見下ろす、たつののシンボル的存在でもある南端の的場山を経て龍野公園まで、久しぶりにAさんと歩いてきました。
JR姫新(きしん)線、竜野駅でAさんを迎えたら龍野公園駐車場まで車を走らせ駐車。準備ができたらここでTAXIを待ちます。
新龍アルプスは南北に長いので下山後の車の回収に頭を悩ませるところですが、公園内に駐車し登山口の中垣内までTAXI利用することで下山後の車道歩行を少なくすることとしました。
ちなみに龍野公園から中垣内教育キャンプ場までの料金は1,700円ほどでした。
キャンプ場脇の鳥居をくぐり暫く沢沿いの緩やかな傾斜の道を行きます。
見えている沢は低山域の沢にもかかわらず水量はほどほどにあり、源流までの中流域ではナメ滝のように岩肌を滑り落ちるように流れる箇所もあるので、その様子からこのコースは盃流しコースと命名されているようです。
しばらく歩くとヒノキ林の中を歩くようになり、間もなく小さな尾根に出ます。
ここには案内標柱がありますが、なにぶん初めての山域なことと地図を用意しなかったこと、さらに思わぬ複雑な地形からか現在地がよく判りませんでしたが、そこはしばしばこの地域を訪れている同行のAさんがいるので心強く心配は不要です。
今日のルートはそのAさんにまかせっきりなので、こちらはあとから着いて行くだけです。
朝は少し冷えましたが天候もよく、ここまでですでに少し汗をかきました。
尾根上の十字路は直進するような形で再び前方の沢へ向け下ります。
当たり前のことですが先ほどの尾根は分水嶺だったので、急に水の流れる方向が変わりなんだか変な気分でした。
しばらく下り出合うのが搦手(からめて)谷。
沢沿いにしばらく下ると休憩所が見えてくるので、ここからは祇園嶽へ向け登って行きます。
この先しばらくは少々荒れ気味の沢沿いの道を歩くことになりますが、見上げると自然林の黄葉が見事でここが低山であることをまったく感じさせません。
沢を離れ登山路の傾斜が増すと主稜線に出て東側がパッと見えるようになります。
東を流れる揖保川と並行するように位置するこの稜線は、標高は300~400メートルながら一気に立ち上がっている地形なので、東側の展望に優れ、木々の間からは素晴らしい展望を得ることができます。
これまでの小さな谷や尾根の入り組んだ稜線西面の地形とは大違いです。
ここは、ひとまず北の祇園嶽へ向かいます。
着いた祇園嶽はこの山域の北の端にあるので、当然のように北方の展望が抜群で、すぐそこの決して立派でもない尾根の山肌の黄葉でさえ見事としか言いようがありませんでした。
もちろん東には旧新宮町方面が一望の下です。
遠景に顕著な三角錐を発見することができます。近辺では山座同定のもっとも容易な山といえる夢前の明神山。
その左手、北方に見える一宮の黒尾山はもう少し角度の鈍い小さめの三角錐です。
南にかけても姫路方面の素晴らしい展望が広がっています。
祇園嶽山頂のわずか南の南西側の展望が開ける箇所からは谷筋を彩る見事な黄葉が望まれ、奥に見える大倉山はいかにもこの付近の最高峰らしく、ずいぶん凛々しく存在しています。
ちなみに、このあと向かう新池は下画像上、右の稜線の奥に位置しています。
ここからようやく縦走スタートです。
祇園嶽からは南望ができなくはないですが、この稜線にあっても標高が低いピークですので、あいにくこれから向かう縦走路を一望することはできません。
たつの市街地や、やや南の揖保川付近から眺めると、当アルプスの南端に位置する的場山がこの山域の盟主とも見えなくもないですが、ここからはそこを望むことはありません。先は長そうです。
かえる岩を見ると亀岩分岐。ルートを右手へとり、寄り道的に池めぐりです。
左手に亀岩を見ると間もなく林の向こうに白く輝く大きな物が目に入るようになりました。
この後、登山口からここまですでに二時間以上経過した上で、見事な山上池が目の前にあらわれたので、びっくりしました。
亀の池(きのいけ)です。
水面は鏡のように穏やかで、対岸の広葉樹の黄葉や青い空、ぽっかり浮かぶ白い雲をそこに映し出しています。
亀に似た亀岩をみた直後だったからではありませんが、ちょっと大げさな言い方をすれば、その亀の背中に乗せられて竜宮城であるこの池に連れてこられたような気分でした。
思いも寄らぬ別天地がこんなところにありました。
亀の池をあとにすると水争い遺称地を見ます。
確かに、この遺構は亀池から流れ出た水流を、本来なら市野保集落方面に流れるべきところ、いかにも故意に中垣内方面へと流れるようにと造られています。
山上の池は、今で言う治水ダムに匹敵する存在だったでしょうから、あの流れの不自然さから見ても激しい水利争いがあったのでしょう。
このあと、一度通った十字路に出くわすことになりますが、地形が複雑なことからかあまりよく理解できないまま通過。直進してしばらくすると立派な休憩所がありました。
ここからは南面しか望むことはできませんが、今日は眺望抜群で祇園嶽からも見た家島諸島・男鹿島や淡路島も遥か彼方に見晴るかせました。
的場山のアンテナも見えています。
二つ目の池、新池はすぐでした。
こちらはやや水量が不足気味で、地形的なものも手伝ってか亀池ほど神秘的な雰囲気は感じられませんでした。
それでも
「以前はもっと水量は少なく、これでもずいぶん増えてます。」
はAさんの弁。
ここからは池めぐり南コースで一度、盃流しコースへと下り、「プレハブ造り」という井関三神社奥宮へと向かいます。
確かに社殿らしき建物は波板張りでしたが、ご神体はとても立派な大岩です。
この頃には時間も時間だったので少し腹が減ってきていました。
再度、亀の池を訪れ稜線に戻り、もう少し南進します。東側の展望が一気に開ける地点が展望東屋跡で、入山時からAさんがここで鍋! と決めていた地点です。
展望は抜群で、特に東側の眺望に優れているので絶好のbreak pointです。
祇園嶽ではうっすらとしか見えなかった六甲連山もくっきりと見え、明石大橋や淡路島、肉眼でも遥かに鳴門大橋の橋脚や主塔も確認でき、これですから四国の山ももちろん見ることができます。
それらの手前に小さく見えている高御位山からでもこれらが見えることは珍しく、さらに距離のあるここから見えることは、そうないことではないのでしょうか。
ここに来て、ようやくお目当ての鍋です!
中略
Aさんの用意してくれた至れり尽くせりの食材のおかげで、もう腹いっぱいです。
いくらゆっくりといえ、ほぼ一時間半ほどの時間を掛けて食べたのですから無理もありませんね。ちょっと食べ過ぎました。
腹がよくなったら縦走再開。亀山(きのやま)山頂からも少しばかりですが東側の展望が得られました。
嘉吉(かきつ)の乱で赤松氏一族がこの地において自害した、昼なお薄暗い城山(きのやま)城跡を過ぎると、一転、つつじ尾根コースと呼ばれる気持ちのよい尾根歩きに変わります。
左右に展望を得ながら歩け、起伏も少ないので気持ちよい尾根歩きが暫く続きます。稜線ではこの付近がハイライト的な景観を提供してくれる箇所でした。
祇園嶽からもみた大倉山は、ここでも主峰の威厳を保ち立派な山容で聳えています。
右手眼下には登山口の中垣内の集落を見下ろし、その遥か先には光り輝く瀬戸内の中に小豆島が浮かんでいます。
ガタンゴトン、ガタンゴトン・・・、時おり聞こえてくる姫新線のディーゼルカーの走る音も風情たっぷりです。
振り返れば亀山や大倉山の山肌の黄葉が見事です。
前方には、ずいぶん近くに見えるようになった的場山の北斜面の黄葉を見ることができ、傾きかけた陽に照らされ見事に浮かび上がっています。
登山路は次第に高度を下げ、車道のヘアピンカーブにに出くわすと登山路が一変。これまでにはほとんど見なかった土留めの階段があらわれます。
わずかな高度差を登り切ると大きなアンテナの建つ的場山に到着。
前方に揖保川下流域や、北の端の祇園嶽から見た光景と比べると少しばかりながら近くに見えるようになった瀬戸内方面の素晴らしい展望が開けます。
「ここで縦走は終わったも同然。」
と思ったのもつかの間。予想に反しここから両見坂までの下りはなかなかの曲者でした。
慎重に足を運べば、やがて紅葉(もみじ)谷の最奥ともいえる両見坂。
十字路を右折し、見事に色づいた紅葉を楽しみながらのんびり下ると、やがて龍野公園に下山しました。
情緒ある龍野の街並みを見下ろしながら暫く歩くと駐車場に到着し、無事、新龍アルプス縦走を終えました。
ロングトレイルにもかかわらず、稜線では6人(延べ8人)にしか出会わない、とても静かな山歩きでした。
キャンプ場スタート、8時30分
龍野公園ゴール、16時20分
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